面屋(おもてや):能面師、如水(じょすい)の世界面屋(おもてや):能面師、如水(じょすい)の世界

能面の世界

能面は仮面劇において世界中で使われてきた面とは異なり、かぶるだけの面ではありません。
能楽ではわずかな能面の上下によって表情を変化させるので、デリケートな動きを可能にする形体として能面は平面的かつ小型に作られています。
能面は無表情であるといわれたりします。「怒りと悲しみ」「悲哀と微笑」というような相反する感情を一つの仮面によって表現しようとするため、喜怒哀楽の特定の表出はされていません。それだからこそ様々な感情表出ができ、変化する舞台演技に適応できるのです。
象徴化された能では、現実的、瞬間的、個性的な表情を一切捨て去り、一つの性格の根本をつかんで、できるだけ含蓄の深い幽玄な象徴的な表現の面が要求されます。
面と仕科(しぐさ)、双方の工夫があって初めて現在の能楽が完成されるに至ったのです。
そういう意味からも能面は能の世界の案内人たる存在であり、能面を鑑賞することによって能の世界を垣間見ることすらできるのではないでしょうか。

能面の分類

女 面

小面
(こおもて)
「小」はかわいらしいとか年が若いとかやさしく美しいということを意味する接頭語です。 女面の中で一番年若く、16、7歳の処女を感じさせます。 肉付きも一番豊かで、切れ長の目、額が広く顎が長く、目、鼻、口が顔の中央にあつまっていて、幼さを感じさせます。
若女
(わかおんな)
小面の可憐さと増女の品位と理知の中間を狙って作られた面です。 理知も色気も感じられます。
孫次郎
(まごじろう)
小面に比べて目の位置がずっと高く、成熟した女性の顔、あるいは新妻らしい艶麗さを感じさせます。毛描きの乱れの線が増えることが年令の老けを意味しています。 作者(孫次郎)は27歳で亡くなったとされていますが、その妻を若くして亡くし、その妻への慕情を面に彫り上げたという伝説が残っています。
増女
(ぞうおんな)
額も長く、頬の肉付きがぐっと引き締まり、鼻筋も細く、目全体が窪んで目の幅もやや細く周囲にかげりを作ってみえます。口も両端がやや下がって、加齢を感じさせ、理性的で品格のある清楚な顔立ちです。主人公が女神、天女である曲に用いられます。
深井
(ふかい)
中年の女性を表現しています。大きめの額、顔の中ほどが少ししゃくれ、頬にあるえくぼのような窪み、憂いを含んだまなざしは、子を失った母親、夫と離れて物思いにふける心淋しい人妻や狂女を演ずるときに用いられます。

(うば)
神の化身であり、上品なおばあさんを表現しています。 毛描きは白髪を混ぜていかにも年を経た姥らしさを表現し、目は全体にわたってうつむき加減にくりぬかれ、上瞼の筋肉がたるんで年老いた様子をよくあらわしています。
般若
(はんにゃ)
嫉妬する女の怨霊を表した面です。 興奮状態を示すように全面肉色にして額には二本の角が生え、しかめた眉の筋肉は庇状になり、大きな目をむき出しにし、野獣のように開いた口の上下には二対の牙が生え、大きな耳を持っています。この面をうつむき加減に掛け、瞬間の内に上を向けることによって陰から陽、悲しみと怒りを表現することができます。

男 面

十六
(じゅうろく)
やさしい口元かわいらしいえくぼ、紅顔の美少年を表現しています。
中将
(ちゅうじょう)
目の下瞼が湾曲し、目じりにかけてややつり気味、どっしりした鼻柱、王朝の貴公子らしい優雅さにあふれています。下歯のないことは優しさ、美しさ、雅やかさを表現するテクニックです。眉の付け根にある2本の縦の皺は一抹の哀愁を感じさせ、悲劇の主人公、平家の公達たちの面として用いられます。
平太
(へいた)
歴戦の勇者らしく陽に焼けた顔、凛々しい眉毛、ぴんと生やした口髭、凛々しい中年の武将の面です。
邯鄲男
(かんたんおとこ)
高めに描かれた二つの眉の間の筋肉状の皺、頬筋に見られる長めのえくぼ、目尻がいくぶん吊り上り、頬の筋肉が引き締まっていて、庶民的な強さを感じさせます。
◆邯鄲(かんたん)◆
主人公盧生は、人生の迷いについて楚の国に住む高僧に教えを受けようと旅に出ました。 途中、邯鄲の里につき、宿の主人の貸してくれた邯鄲の枕をして寝ていますと、勅使が王位につくようにと迎えに来る夢を見ます。盧生は天にも昇る心地です。しかし、限りない栄華を極めた50年は、何と宿の主人が粟飯を炊くわずかばかりの間の夢に過ぎませんでした。盧生は人生とははかない一炊の夢であると悟りえて国に帰ったという話。
主人公の二つのかけ離れた感情をうまく表現するためにこの面は、かげりを強めたり、明朗さを感じさせたりすることができます。
景清
(かげきよ)
有名な武将でしたが、零落ししかも最後には盲目の乞食となった影清の面です。
しかし、この面は武士の一徹さを今に残し、いかつさが目立ち、激しい気性が表面に出ています。

翁 面


(おきな)
能楽以前から翁の面は農耕の繁栄を祈る舞などで使われていました。 笑・喜悦を表現した面で、天下泰平、五穀豊穣を祈り、子孫繁栄などの祝福をもたらす神を表しています。
他の面にない特徴として、下顎の部分で上顎と切り離し飾紐で結び付けられています。これはかつて仮面をつけたまま口を動かして吟詠していたものと思われます。また、綿あるいは絹糸や兔の毛などの飾眉も貼り付けられています。

老人面

小尉
(こじょう)
顔全体がやせ細って、やさしい目元をしています。上の歯だけがあり、顎に植毛、上下の唇の鬚は描きで、柔和な老人の面です。品格の高さを感じます。

神・超人の面

大飛出
(おおとびで)
飛出の名称の由来は眼球が飛び出しているからといわれています。 眉が吊り上り、瞳孔はややうつむき加減にくり貫かれているので、天上から下界を見下ろすような風貌となっています。口は大きく開かれ、長い先を跳ね上げた赤い舌がのぞき、堂々とした鼻を持っていてスケールの大きい力強さにあふれています。 悪鬼を追い払う神の面です。
小飛出
(ことびで)
大飛出より眼球にはめ込まれた金具を小さくして、その周囲に朱を入れてあります。 赤い舌をのぞかせた口も、鼻筋も小さめで耳はありません。精悍な鋭さのあふれた面で、地上を軽快にかけめぐる神あるいは超人的な存在としての妖精のたぐいに用いられます。
大べし見
(おおべしみ)
べしみとは歯を見せないで唇を強くかみ、力んだときの口を指しています。 かっと見開いた目、大きく開いた鼻孔、食いしばった口、力強さが内から外へ向かってはちきれんばかりの表情を表しています。力んだ表情の裏返しは破顔大笑であり、この力みの内側にこれ以上は力みようのない滑稽味を感じます。全てのものを威嚇しようとする強さと内面のもろさをもつ天狗などに用いられます。

(しかみ)
顔中のあらゆる筋肉をしかめて極端に怒った風貌です。 こい肉色に彩色されることが多く、相手に向ける危害の強さを表しています。 鬼神の面として用いられますが、最後には退治されてしまいます。

祝言能の面

獅子口
(ししぐち)
「石橋」という能曲に親子の獅子が登場することがありますが、その親獅子に用いられ、豪 快に舞う獅子を表現します。
小獅子
(こじし)
この獅子を舞うのに用いられ、精悍で俊敏な動きを表現します。
猩猩
(しょうじょう)
中国の説話に登場する酒好きの妖精で、酔って舞い戯れる様子を表現します。能面には珍しく目元、口元に笑みを浮かべています。